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和の色彩

和の色彩 3

紫色系

桑の実色(くわのみいろ)
熟しきった桑の実の色のような暗い赤紫色を言う。「桑染」とも呼ぶ。

藤鼠(ふじねずみ)
藤色を鼠がからせた柔らかい青み紫を言う。「新駒色」ともよばれた。

藤色(ふじいろ)
藤の花のような浅い青みの紫で、「若紫」とも呼ぶ。

二藍(ふたあい)
鈍い青紫色です。藍の上に紅花で染めて紫にする染めで、「二藍」は藍がふたつという意味。
染め方を呼び名に使うのは平安時代からある色名としては珍しいものです。二つの藍とは「紅」と「藍」をさします。紅色は呉の国からきた藍と言われており、「呉藍」という呼び名でも知られています。源氏物語の「空蝉」に、“白きうすもの単かさねで、二藍の小袿だつ物、ないがしろに着なして”という記述があります。
光源氏が遠い場所から二人の女を覗き見している場面で、二藍の衣を着る空蝉を識別できたと言うくだりの表現です。
当時から貴族のあいだでは定着していた色名であったことがうかがわれます。

紫苑色(しおんいろ)
やや青みをおびた薄紫色。「しおに」とも言います。紫苑の花の色のような、紫草からとれる染液で何回も繰り返して染められる紫色。
紫苑とはキク科の多年草で、秋に薄紫の素朴な花を咲かせます。旧暦の6月〜9月頃まで用いられた秋の狩衣の色でもあります。

滅紫(めっし)
暗い灰紫色を言います。「けしむらさき」とも呼び、高温で染めることにより紫の色味に渋い鈍味を出した色です。
色を表現するのに「滅」という修飾語はよく使われますが、「くすんだ」「灰味のある」と言う意味合いがあります。「外出着の色」とされていたようです。

深紫(こきむらさき)
紫根、灰汁、酢を用いて染めた、濃い紫色を言う。衣服令の定めによると、臣下最高位の色で「禁色」としていた。「こき色」と呼ばれた。

薄色(うすいろ)
薄紫色。薄色といえば何色に限らず、淡い色をさしますが、色名上の「薄色」は淡い紫のことです。紫草の使用量は「深紫」の6分の1。
紫色が淡いので「聴色(ゆるしいろ)」とされていましたが、それなりの格式のある色でした。

半色(はしたいろ)
紫根染めで表された紫の中間色。「半」は中途半端の意。「延喜式」の染め方の規定による色位の紫からは外れてた半端な色ということで、禁色の制約からは外された色でした。といっても平安時代にはそれなりに社会に浸透した色名だったようです。深紫と浅紫の中間の、中紫より淡く、薄色より濃い色を言います。

中紫(なかのむらさき)
紫色は紫草の根を湯でぬらして揉みながらその表皮にある色素を出す。媒染剤は椿の灰を用いて発色させる。

竜胆色(りんどういろ)
秋の野草竜胆の花に見るような柔らかい感じの青紫を言う。

菫色(すみれいろ)
菫の花の色のような艶麗な、青みの冴えた紫を言う。

紫(むらさき)
「本紫」と呼ばれる色です。紫根(しこん)と灰汁と酢による低温染の濃艶な紫色をいいます。紫根とは紫草の根でムラサキ科の多年草、シコニンという色素が染料となります。 紫草は日本には古くから存在する植物で、紫の花が群れて咲きます。現代ではほとんど野生の姿は見かけなくなりましたが、その昔は「武蔵野の紫草」といわれるほど、関東一帯に咲き乱れていたとのこと。平安時代の頃は主に関東、下総、常陸、下野の国からこの紫草を調達していたようです。染めるのに手間ひまと技術を要したためか、身分の高い貴族しか着用が許されませんでした。貴族社会では最高権威の象徴であるとともに、一方では優美な気品のある情緒豊かな色でもありました。

竜胆色(りんどういろ)
秋の紫をモチーフにした、数少ない色名。

菖蒲色(あやめいろ)
花菖蒲の花の色に見る冴えた赤みの紫色を言う。

紅藤(べにふじ)
紅がかった藤色、即ち、赤みの淡い紫を言う。

江戸紫(えどむらさき)
日本では貴族社会の頃より、紫草は各地で自生又は栽培されていましたが、武蔵野産がもっとも有名でした。しかし江戸時代に入ると、当時まだ新興都市であった江戸には上方に対抗できるほどの工芸技術や名物はなく、ゆういつ紫草を使った染のみが勝れるとも劣らぬものであったため、江戸紫と名づけ江戸の特色をアピールと思われます。京紫より青みが強く歌舞伎の色としても用いられるなどして、粋な色とされました。杜若の花の色に似た、濃艶な赤みの紫を言います。「杜若」とも同色系の色です。

京紫(きょうむらさき)
伝統の染めの技法を受け継いだ赤みのある紫。京の都には昔から受け継がれてきた紫染めの秘伝があります。それが京紫です。江戸紫に対する色名として江戸時代についた名だと思われます。華やかでな優美さを好む貴族社会では紫は常に羨望の的でしたが、江戸時代になると、「今世は京紫を賞せず、江戸紫を賞す」と書かれるなどし次第に時代の変遷の中に埋もれていきました。

古代紫(こだいむらさき)
紫根の根を材料として染める紫は今日の合成染料による彩度の高い紫を望むべきも無かった。 昔の鈍い色を「古代紫」と言った。

紫根色(しこんいろ)
紫草の根に含まれている色素はそのままでは赤みを呈している。これで染めて乾燥させた赤みを帯びた深い紫を言う。

葡萄鼠(ぶどうねずみ)
古代の「蒲萄」の色を鼠かからせた、鈍い赤紫を言う。

蒲萄色(えびぞめいろ)
山葡萄の実が赤紫に熟した色。紫根と灰汁と酢で染めた赤みの紫色を言う。天武天皇の色制では、深・浅の二級に分けられている。

淡蒲萄(うすえび)
「延喜縫殿式」の用法よると「蒲萄」は表示色のようになる。「淡蒲萄」は薄い方の「蒲萄」を言う。

似せ紫(にせむらさき)
暗い赤紫色。高価な紫根の代わりに、蘇芳或いは茜を用いて染めた紫の代用染です。色味としては、江戸紫と京紫の中間色の色合い。紫根を用いる「本紫」に対するもので、本物に比べると品位は落ちるとされましたが、それでも庶民にとって、紫は憧れのまとでした。茶屋女でも紫の着物をきてみたい。井原西鶴は、伊勢参りの客の手引きをする、似せ紫に派手な赤襟をつけた茶屋娘を描いています。

ねずみ色系

利休鼠色(りきゅうねずみいろ)
千利休が好んだといわれる緑がかった灰色。千利休自身がこの色を指定したわけではなく、後世の人々が利休好みを推測し、利休鼠と色名をつけたようです。 わずかに淡い藍色にねずみ系の色をかけたと判断して藍に刈安を上にかけて、鉄で発色した色です。

灰汁色(あくいろ)
灰汁の黄味を含んだ灰色。黒灰を水に浸して沈殿させ、それをろ過して出来た上澄み液を灰汁といいます。灰汁は染色の媒染、糸や布の精錬・漂白にも使います。
江戸時代、灰汁は日常生活の洗剤として必需品であり、専門の売買業者が存在しました。色としての灰汁は上澄みを取る以前の濁った汁の色をさします。

鶸茶(ひわちゃ)
「鶸色」の変相色で、緑味の鈍い黄色を言う。

蒸栗色(むしくりいろ)
蒸した栗の中実の色に似た、緑味の柔らかい黄色を言う。

利休白茶(りきゅうしらちゃ)
茶道で茶葉を利休と呼ぶ。利休は緑みを形容する意味があり、緑みを帯びた「白茶」を言う。

生壁色(なまかべいろ)
塗り上げてまだ乾かない壁色のような、灰味の黄渇色を言います。しかし壁の色をさす言葉ではなく、あくまで染物の色名であって男物の色として好まれたようです。青みの強い「青生壁」、やや赤みのさす「江戸生壁」、緑がかった「利休生壁」など、その土地に含まれる元素の違いによって生壁色にもバリェーションがあり、江戸時代には「粋」な色として浸透していたようです。

山鳩色(やまばといろ)
山場との羽色からきた色名。天皇の平時の袍の色とされ、禁色とされていた。

海松茶(みるちゃ)
「海松色」を褐色がからせた、暗いオリーブ色を言う。

白鼠(しろねずみ)
銀のような明るい、「墨の五彩」の「清」にあたる鼠色で、「しろがねいろ」とも言う。

銀鼠(ぎんねずみ)
「白鼠」より少し暗い、「墨の五彩」の「淡」にあたる鼠色で、錫の色に似ているところから「錫色」とも呼ばれる。

素鼠(すねずみ)
「素鼠」は何の色も含まない、「墨の五彩」の「重」にあたる中明度の無彩の色を言う。

鈍色(にびいろ)
緑や茶の色味を持つ墨色よりも明るい灰色を言います。天皇の喪服の色も鈍色で、「錫紵」(しゃくじょ)と呼ばれていました。平安時代では、喪服の色として鈍色は一般的だったようです。平均寿命の短い時代だったので、鈍色も生活に溶け込んだ自然ないろだったのかも知れません。江戸時代以降には、喪としてのみではなく日常着としても徐々に浸透してきました。グレイとも黒とも表現のつかない微妙な色合いが時代を超えて、人々に親しまれてきたようです。橡の実とへたを煎じて染め、それをお歯黒鉄で発色して黒味の灰色に染めました。

紅消鼠(べにけしねずみ)
紅の匂いを消した鼠色の意で、暗い灰味の紫を言う。

青白橡(あおしろつるばみ)
刈安と紫根の交染による破色調の浅い黄緑色を言う。「麹塵」も同色と言う。天皇の平時の袍の色とされ、禁色とされていた。

黒色系

黒鳶色(くろとびいろ)
「鳶色(暗い赤褐色)」を更に暗くした色を言う。享保のころ黒や黒媚茶と共に小袖に流行した。

墨染(すみぞめ)
「墨の五彩」の「焦」にあたる黒色に近い灰黒色を言う。

檳榔子染(びんろうじぞめ)
熱帯地方に広く生育する檳榔子の実を染料として染めた黒褐色を言う。別名「檳榔子黒」。

黒紅(くろべに)
紅色に檳榔子の黒をうわがけした、赤みの紫黒で、「黒紅梅」略して「黒」とも呼ばれる。

濡烏色(ぬれからすいろ)
水に濡れて黒さを増した烏の色。乾いた表面は白っぽく、濡れると色が濃く黒ずんで見える、これが濡れ色です。濡羽色(ぬればいろ)とも呼ばれ、紫味を含んだ黒といわれています。

藍下黒色(あいしたぐろいろ)
江戸時代に流行した色名。黒を染める時、藍で染色し、五倍子のお歯黒鉄で黒く。黒の中に藍の底色を見る。

紅下黒色(べにしたくろいろ)

留紺(とまりこん)
一見、黒にも見えるが、紺がかっても見える。そんな黒に近いほどの濃い藍染色。これ以上濃く染められないというところの一番濃い藍染色というところから「留紺」と名がついたようです。紺屋(紺専門の染屋)の職人用語だったようで、この色を出すのは紺屋泣かせといわれ手間ひまのかかる作業でした。

白色系

白練(しろねり)
白練は生絹の黄味を消し去る精錬法を言う。練った絹の色を言う。

卯の花色(うのはないろ)
雪や白波に、よく用いられる微妙にみどりがかった白。卯の花とはユキノシタ科の落葉低木。日本各地に生息し、一般家庭の軒庭の生垣の植え込みとしてもよく見られます。卯月に花を咲かせることから卯の花と呼ばれるようになったという説や、幹が中空なので空木(うつき)という名前から卯の花となったという説などがあります。
俳句の世界では夏の季語とされています。

鳥の子色(とりのこいろ)
鶏卵の殻の色のようなごく淡い灰みの黄白色を言います。今の卵の殻はほとんど白といってもよい色ですが、昔の卵は今よりもやや黄色味強かったと考えれます。
鳥の子とは雛の意味ですが、ここでは卵の殻をさしています。タマゴ色というと溶き卵の黄色っぽいイメージを持つのは近世の人間の特徴のようで、古代の貴族社会では外側の殻の色の印象のほうがつよかったのでしょうか。

歌舞伎色

芝翫茶(しかんちゃ)
文化・文政年間、江戸、京、大阪を通じて人気のあった三世中村歌右衛門から出た役者色。彼の俳名は「芝翫」、後に「梅玉」に変わった。オールドローズ。

路考茶(ろこうちゃ)
宝暦・明和の頃江戸中の人気をさらった二世瀬川菊之丞は路考という俳名で俳句を親しんだ。この役者が好んだ色。黄茶の黒味がかった染色を言う。 楊梅に阿仙の鉄で発色。

梅幸茶(ばいこうちゃ)
安永・天明(1772〜1789)の頃、歌舞伎の大立者であった初代尾上梅幸の趣向による、灰味の淡萌黄色を言う。「草柳」も同色と言う。

高麗納戸(こうらいなんど)
「高麗屋」が屋号の、天明から寛政(1781〜1800)にかけて歌舞伎界の大立者であった、四世松本幸四郎から出た、暗い「納戸色」を言う。

舛花色(ますはないろ)
灰がかった薄い青色。安永・天明年間(1772〜1788)、江戸で人気のあった、五世市川団十郎が好んだ色です。古代の縹色は、中世になると花田色、近世では花色と呼ばれました。舛花色の「舛」は市川家の家紋の「三舛」から来ています。市川家家芸の色には、「暫」の団十郎茶、花川戸助六の鉢巻の「江戸紫」があります。

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